美容室を経営する上で、避けては通れないのが保健所との関わりです。
厚生労働省が調査して公表している2023年度の衛生行政報告例のデータによると、全国約27万軒の美容所のうち、年間1万4千件以上が保健所の立入調査を受けており、約20軒に1軒が、毎年何らかの形でチェックを受けています。
「うちの店はいつ検査が来てもおかしくない」と、悩みを抱える方は少なくないでしょう。本記事は、こうした不安を解消し、保健所に関する各手続きをスムーズに進めていただくことを目的に作成しました。
新規でお店を始める方はもちろん、改装を予定している方、現在の衛生管理体制を見直したいと考えている全ての方に向けて、やるべきことを体系的に解説します。
ただ、手続きの様式や細かな基準は自治体によって異なるため、この記事で全体の流れを掴んだ上で、必ず自店舗を管轄する保健所で、最新の情報を確認するようにしてください。
美容室に保健所の許可が必要な理由
美容室を開く際に避けては通れない保健所への届け出と検査を、単なる「面倒な手続き」だと思っている方もいるでしょう。しかし、この制度はお客様とあなたのお店、そして美容業界全体を守るために非常に重要です。
以下では、保健所の許可の必要性と、その本質的な理由を解説します。
具体的な手続きの流れを見ていく前に、まずは「目的」をしっかりと理解しておきましょう。それが、お客様に心から信頼され、長く愛されるサロン作りの第一歩となります。
お客様を健康被害から守る「衛生管理」を徹底するため
美容室を開業のために保健所へ許可を申請するのは、お客様を感染症などの健康被害から守るための「衛生管理」を徹底するためにあります。
美容室ではハサミやタオル、シャンプー台など、お客様の肌や頭皮に直接触れるものが少なくありません。これらの衛生管理が不十分である場合、皮膚トラブルなどを引き起こすリスクが高まってしまうでしょう。
そのため保健所は、以下のような細かい部分まで、専門的な基準を満たしているかを厳しくチェックします。
- 換気や給排水などのお店の構造
- 器具の消毒方法
- タオルの洗濯・保管方法 など
そして、この衛生管理は、単なる義務ではありません。お客様が「また来たい」と思うかどうかを左右する、重要な要素でもあるためです。
これは、ホットペッパービューティーアカデミーの調査によると調査で明らかになっています。
お客様が美容室を「また利用したい」と思った場面として、4人に1人以上が「サロン・スタッフの衛生対策がしっかりしている」ことを挙げており、衛生管理は美容室の経営に欠かせない要素です。。
保健所の衛生基準は、お客様からの信頼感を得るための土台作りとして、最低限守るべきルールだと思ってください。
薬剤の取り扱いや器具の管理など、「安全性」を確保するため
上記で解説した「衛生管理」に加え、保健所が厳しくチェックするもう一つの重要な役割が、お客様の「安全性」の確保です。
カラー剤によって起こるお客様への肌のトラブルだけでなく、ハサミで怪我をさせてしまうなど、美容室では一歩間違えれば、大変な健康被害を与えかねない、専門的な薬剤や器具を扱います。
そのため保健所は、事故を未然に防ぐために、以下のような内容のチェックも怠りません。
- 薬剤が正しく保管されているか
- アレルギー反応を防ぐためのパッチテストの案内は適切か
- 器具が手順通りに洗浄・消毒されているか など
こうした安全管理の重要性は、年々高まっていると言えるでしょう。
株式会社ムーランエムーランの皮膚科医に対して行った調査によると、6割以上の医師が「ヘアカラーに関連した患者が増えた」と回答しています。
このデータは、薬剤に関するトラブルが増加傾向にあることを示しており、日々の安全管理がいかに重要かを物語っています。保健所が設ける基準は、こうした深刻な事故からお客様と美容師、双方を守るための、いわば「命綱」だと思っていいでしょう。
無許可営業を防ぎ、業界全体の「信頼性」を維持するため
保健所の許可制度は、美容業界全体の「信頼性」を守る、いわば防波堤のような役割も果たしており、一定の基準を満たさない無許可営業を未然に防ぎ、真面目に経営している美容室が正当に評価される環境が保たれています。
もちろん、これは美容師法という法律で定められた、美容室開業者の明確な「義務」でもあるでしょう。
保健所の「確認証」を店内掲示が義務付けられているのですが、これはお客様に対して「私たちは、国が定めた安全と衛生の基準を守っている、信頼できるサロンです」と宣言することに他なりません。
この安心感が、お客様の信頼に繋がり、ひいては良い口コミや評判を育んでいきます。
さらに、基準を守るだけでなく、その姿勢を積極的にお客様に伝えてみてはいかがでしょうか?以下のように、他店との大きな差別化を図る美容室も存在します。
こだわりは「衛生&清潔」の徹底です。たとえば、1人ひとりのお客さまに専用のクロスをご用意しています。施術前には、きれいに畳みビニールに入れてから席にご準備しており、「このサービスはとてもうれしい」と、お客さまから好評です。
引用:モアリジョブ|Sac. 代表 武田亮介さん
このように、保健所の基準を遵守することは、単なる義務やコストではありません。お客様からの揺るぎない信頼を得て、長期的に選ばれ続けるサロンになるための、最も基本的で重要な「投資」です。
美容所開設の手続きと立ち入り検査の具体的な流れ
保健所への手続きは、美容所開設における、いわば「行政との対話」です。 一見、複雑に感じるかもしれませんが、全体の流れと各段階の目的を正しく理解しておけば、決して難しいものではありません。
以下では、美容所開設に向けた手続きをステップごとに分けて解説します。
- 内装工事着工前の「事前相談」
- 必要書類の準備と「届け出」
- 施設の最終確認である「立ち入り検査」
- 「確認証」の交付と営業開始
各ステップで最も注意すべきは、図面の不備や書類の不足による「手戻り」と、それに伴う「オープン日の遅れ」です。
また、手続きの様式や細かなルールは自治体によって異なるため、必ずあなたが開設する地域を管轄する保健所で、最新の情報を確認してください。
内装工事着工前の事前相談
美容所開設の手続きにおいて、成否を分ける重要なステップが、内装工事を始める前の「事前相談」です。なぜなら、工事完了後に「材質の基準を満たせていない」などの指摘を受ける可能性があるからです。
なかには大規模な手戻り工事が必要となるケースもあり、多額の追加費用が発生するだけでなく、オープン日の大幅な遅れにも繋がってしまうかもしれません。
実際に、株式会社ビューティガレージが行ったアンケート調査では、サロン開業準備で「内装デザインや工事で苦労した」と回答したオーナーは10人に1人にのぼります。忙しい準備期間の中で、こうした内装トラブルは決して珍しくありません。
この手戻りリスクを回避する最も確実な方法が、保健所への事前相談です。
工事の契約前に、お店の平面図や設備の仕様がわかる資料を持参し、「この計画で基準を満たせるか」保健所の担当者に直接確認してもらいましょう。特に、以下の内容は重点的にチェックされるポイントです。
- 作業室の面積
- 椅子の台数
- 換気や給排水の設備
- 床や壁の材質 など
この一手間が、後の大きな失敗を防ぎます。
保健所の基準を満たしつつ、おしゃれな空間を作るための内装工事のポイントについては、こちらの記事で詳しく解説しているので、興味がある方は参考にしてみてください。
保健所へ提出する必要書類の準備と届け出
事前相談で計画の方向性が固まったら、次はいよいよ正式な書類の準備と提出です。
ここで不備があると、後の立ち入り検査の日程が遅れ、オープン日に直接影響します。一つひとつ、確実に準備を進めましょう。
提出が必要な主な書類は以下の通りです。
- 美容所開設届
- 施設の平面図
- 構造設備の概要
- 美容師免許証の写し(原本の提示も求められるケースが多い)
- 医師の診断書(結核・伝染性皮膚疾患がないことの証明。3ヶ月以内のもの)
- 従業者名簿
- 管理美容師資格証の写し(スタッフが2名以上の場合)
- 登記事項証明書(法人の場合)
ただし、自治体によって書式や必要書類が異なる場合があるため、必ず管轄の保健所のホームページで最新情報を確認してください。
これらの書類は、一般的に営業開始予定日の7〜10日前までに提出する必要があります。その際には、15,000円〜25,000円程度の検査手数料も納付してください。
記入漏れや添付書類の不足といった、ささいなミスにも注意が必要です。こうした不備があるだけでも、書類が受理されず、立ち入り検査の日程も組めなくなってしまいます。提出前には何度も見直しを行いましょう。
オープン日を左右する立ち入り検査
書類の提出を終えたら、オープンに向けた最終関門である「立ち入り検査」です。
保健所の担当者が実際に店舗を訪れ、計画通りに衛生基準を満たした施設になっているかを最終確認します。この検査に合格しなければ、もちろん営業は開始できません。まさに、オープン日を左右する重要な一日です。
検査当日に担当者は、以下のポイントをチェックします。
- 施設の構造:提出した図面と実際のレイアウトが一致しているか。
- 作業室の面積:定められた基準(最低13㎡など)を満たしているか。
- 衛生設備:消毒設備や、給排水設備が正しく設置され、正常に作動するか。
- 衛生管理の備品:消毒済みの器具を保管する蓋付き容器や、毛髪箱、汚物箱などが適切に設置されているか。
この検査で不適合となるケースは、準備不足がほとんどです。その根本には、最初の「事前相談」を軽視してしまった、というケースが少なくありません。
一発合格を確実にするためには、以下の対策を徹底してください。
- 設備の動作確認:シャンプー台や換気扇、消毒器など、全ての設備が正常に作動するか事前に確認しておく。
- 最終清掃と整理整頓:店舗全体を清潔に保ち、衛生管理に必要な備品が、決められた場所に正しく設置されているかを確認する。
- オーナー自身の準備:「この器具の消毒方法は?」といった検査官からの質問に、自分の言葉でスムーズに答えられるようにしておく。
この立ち入り検査は、いわば美容所開設に向けた卒業試験のようなものです。万全の準備で臨み、スムーズな営業開始に繋げましょう。
確認証の交付を受けて営業開始
立ち入り検査に無事合格すると、いよいよ美容所として正式に認められる最終段階です。保健所から、営業の許可を証明する「確認証」が交付されます。
これはあなたの美容室が基準を満たしていることを公的に証明する、非常に重要なものです。地域によっては、「美容所確認証」や「美容所開設検査確認証」など、名称に少し違いがあります。
この確認証は、受け取って保管しておくだけではいけません。お店の入口など、お客様の見やすい場所に常に掲示してください。これは、法律や条例で義務付けられています。
第二条 知事は、法第十二条に規定する確認をしたときは、別記様式第一号による美容所開設検査確認証を交付するものとする。
2 前項の確認証は、常に美容所の入口その他見やすい場所に掲示しておかなければならない。
引用:石川県美容師法施行条例|開設検査確認証の交付より
確認証の交付・掲示をもって、晴れて正式に、お客様をお迎えして営業を開始できます。
安心してオープン日を迎えるため、受け取った確認証は必ずコピーを保管しておきましょう。また、オープン後にスタッフの増員や設備の変更などがあった場合は、別途、変更の届け出が必要な点も覚えておきましょう。
保健所の立ち入り検査で一発合格するために美容室側が意識するべきポイント
上記では、美容所開設に向けた一連の手続きの流れを解説しました。ここでは、その中でも最も重要な関門である「立ち入り検査」で、一発合格を果たすための、より実践的なポイントに絞って解説します。
検査官がチェックするのは、大きく分けて3つです。
- 施設の「構造設備」
- 日々の「衛生管理」
- 経営者自身の「運営能力」
どれか一つでも準備が不足していると、「不適合」と判断され、オープン日の遅れという事態に繋がりかねません。
これから解説するチェックポイントを参考に、万全の準備で検査に臨みましょう。
図面作成時から広さ・換気・床材の基準を把握しておく
保健所の立入検査で最も重要かつ、後からの修正が難しいのが、お店の広さや構造といった物理的な基準です。
工事が始まってから「この広さでは足りません」と指摘されては、目も当てられません。こうした失敗を避けるため、設計図面の段階で、必ず以下の基準を反映させましょう。
保健所が主にチェックする、構造設備に関する基準は以下の通りです。
- 作業室の面積:施術を行うスペースは、原則として13㎡以上の広さが必要となる。また、置く椅子の台数によって、必要な面積はさらに広くなる。
- 待合スペースとの区画:お客様が待つスペースと、施術を行う作業室は、壁や間仕切りなどで明確に区切られていないといけない。
- 換気設備:十分な換気ができる能力を持つ、換気扇などの設備が必須となる。窓があるだけでは認められないケースもあるため注意が必要。
- 給排水設備:シャンプー台や手洗い場など、温水と冷水が供給される十分な給排水設備が求められる。
- 床や壁の材質:施術室の床や、腰から下の壁には、コンクリートやタイルといった、清掃しやすい耐水性の材料を使う必要がある。
これらの基準は、自治体によって細かな規定が異なる場合があります。
内装工事の契約を結ぶ前に、必ず計画図面を持参して保健所に「事前相談」を行い、計画に問題がないかを確認してもらいましょう。
検査当日に見られる設備や備品に不備がないか確認しておく
お店の構造が基準を満たしていても、日々の衛生管理を行うための設備や備品が整っていなければ、もちろん検査には合格できません。
検査官は、実際に必要なものが揃っているかどうかの確認だけでなく、運用方法についてもその目で確認します。
検査当日に、特に重点的にチェックされる主な設備・備品は以下の通りです。
|
備品名 |
主な用途とチェックポイント |
|---|---|
|
消毒液(エタノール、逆性石けん、事案塩素酸ナトリウムなど) |
器具や手指の消毒に必須。適切な濃度のものが用意されているか。 |
|
メスシリンダー |
消毒液を正確に計量するために必要。 |
|
各種トレイ(蓋付き) |
「消毒済み」「未消毒」「使用中」などを明確に区分けして管理しておく。 |
|
消毒済み器具の保管庫 |
消毒済みの器具を、埃などが入らないよう衛生的に保管するための戸棚や蓋付き容器と準備。 |
|
蓋付きの毛髪箱・汚物箱 |
切った髪の毛や、使用済みガーゼなどを廃棄するため、蓋付きの容器が必要。 |
|
ハサミ、コーム、ブラシ類 |
お客様一人ごとに、規定の方法で消毒された清潔なものを提供すること。 |
|
タオル、クロス(ケープ)類 |
お客様一人ごとに、洗濯・消毒済みの清潔なものを準備しておく。 |
|
救急箱 |
従業員やお客様の万が一の怪我に備え、絆創膏や消毒液、ガーゼ、包帯、脱脂綿など、保健所の規定に沿った備品を常備しておく。 |
これらをただ揃えるだけでなく、正しい消毒方法を理解し、実践しておきましょう。特に以下の基本ルールは、必ず守るようにしておくと安心です。
- 消毒済みと未消毒の器具を明確に分けて保管すること
- 器具の材質(金属、プラスチックなど)に合わせた方法で消毒すること
- 消毒液は毎日作り替えること
検査当日に慌てないためにも、これらの備品をリスト化し、いつでも誰でも正しい消毒ができる手順書を作成・掲示しておくことをおすすめします。
検査官からの質問をスムーズに答えるためのポイントを把握しておく
お店の構造や備品、書類といった「モノ」の準備が完璧でも、検査当日のオーナー自身の対応一つで、検査官に与える印象は大きく変わります。スムーズに合格できるように、最後の仕上げとして、立ち会い時の心構えと準備について確認しましょう。
基本となるポイントは、検査官に対して協力的である姿勢です。隠したりごまかしたりせず、聞かれた内容に対して、誠実に、そして簡潔に答えてください。
検査官は、設備や備品がただ置いてあるだけでなく、あなたがその使い方や管理方法を正しく理解しているかを確認するために、様々な質問をします。例えば、以下のような質問には、自分の言葉でスムーズに答えられるように準備しておいてください。
- 「この消毒液の濃度と、作り方を教えてください」
- 「消毒済みのハサミは、どこに保管していますか?」
- 「お客様が出血された場合の、救急箱を使った対応手順は?」
そして万が一、その場で不備を指摘された場合も、慌てる必要はありません。
言い訳をせずに、まずは「ご指摘ありがとうございます」と真摯に受け止めましょう。その上で、「その点については、本日中に是正します」というように、速やかに改善する意思を明確に伝えることが、信頼を損なわないための最善の対応です。
立ち入り検査は、単なる設備のチェックではなく、経営者としての資質を見られる「対話」の場でもあります。万全の準備と誠実な姿勢こそが、一発合格への確実な道筋となるでしょう。
保健所の立ち入り検査が不適合だった場合の対処法
保健所の立ち入り検査で不適合だった場合にも、定められた手順に沿って、一つひとつ冷静に対処していけば、必ず道は開けます。
つまり、立ち入り検査によって「オープン日が遅れてしまうのではないか」と、不安になる必要はありません。
以下では、検査が不適合だった場合の、具体的な対処法を解説します。
- 改善指導書の内容を正確に理解する
- 指摘箇所を改善し、再検査を申し込む
- 開業日の遅れによるリスクに備える
指摘された事実を真摯に受け止め、計画的に、そして迅速に行動しましょう。
改善指導書の内容を正確に理解して改善する
万が一、立ち入り検査が不適合となった場合は、保健所から交付される「改善指導書」を確認しましょう。 これらの情報を正確に把握できていれば、美容室への悪影響を最小限に抑えられます。
つまり、保健所の立ち入り検査が不適合だったとしても、それだけで慌てる必要はありません。
この指導書には、主に以下の内容が記載されています。まずは、以下のような指導書の内容を正確に把握しておきましょう。
- 指摘事項: どの部分が、どの基準を満たしていないか。
- 改善内容: 具体的に、何を、どう修正すべきか。
- 改善期限: いつまでに改善を完了させなければならないか。
- 再検査の手続き: 改善後に、どうやって再検査を申し込むか。
指導書を受け取ったら、すぐに行動計画を立ててください。特に、工事が必要な項目など、時間がかかるものから優先的に着手できるよう、期限から逆算して工程表を作成することが重要です。
もし、指導内容の解釈に少しでも曖昧な点があれば、決して自己判断せず、速やかに保健所の担当者に電話などで確認し、その内容を記録しておきましょう。
また、改善作業と並行して、その証拠を残しておくのも忘れないでください。改善内容が客観的に分かるよう、改善前後の写真や、新しく購入した備品の領収書などを保管しておくと、再検査がスムーズに進みます。
指摘された箇所を改善して再検査を申し込む
「改善指導書」の内容を理解できれば、改善作業と再検査の申し込みです。スムーズに営業を開始するため、以下の手順に沿って着実に進めましょう。
- 指摘された箇所の改善と、その記録:指導書に従って修正作業を行い、改善点が客観的に分かるよう、写真などに記録しておく。
- 保健所への連絡と再検査の予約:改善が完了したら保健所に電話などで連絡し、担当者と再検査の日程を調整する。
- 必要書類の準備:改善内容の報告書や修正後の図面など、再検査当日に担当者へ提示する書類を準備しておく。
- 再検査の実施:約束の日時に担当者が訪れ、改善箇所が基準を満たしているか最終確認を受ける。合格すれば、「美容所確認証」が交付されて営業が開始できる。
再検査の手数料は、自治体によって有料の場合と無料の場合があります。トラブルを避けるため、再検査を予約する際に、手数料の有無、金額、支払い方法を必ず確認しておきましょう。
「開業日の遅れ」という最大のリスクに備える
再検査になっても、手数料自体は大きな金額ではありません。しかし、経営者が本当に恐れるべきなのは、それに伴う「営業開始日の遅れ」です。 このリスクが、サロン経営にどのような影響を与え、どう備えるべきかを解説します。
- 金銭的なダメージ:売上がない状態で、家賃や人件費、広告費といった固定費だけが発生し続ける。
- お客様への影響:すでに予約を入れてくれたお客様への謝罪と、日程の再調整が必須となる。
- 信頼への影響:お店の評判に傷がつく可能性がある。
この最大のリスクを乗り越えるためには、事前の準備が何よりも重要です。
- 事前の予防策:保健所の検査日から営業開始日まで、3〜5営業日ほどの余裕を持たせたスケジュールを組み、お客様への告知は確認証が交付されてから行う。
- 万が一の代替策:遅延が決まった場合、予約済みのお客様には1日でも早く連絡しておき、代替日と共に、お詫びの気持ちとして割引などの特典を提示する。
このように、万が一の事態を想定し、事前に対策を練っておきましょう。それもまた、美容室の経営を成功に導くための重要なリスク管理です。
美容室の開業後に変更が生じた場合の手続き
営業開始後にスタッフの入れ替わりや、お店の改装、時にはオーナー自身の交代など、様々な変化が訪れれば、その都度、保健所への届け出が法律で義務付けられています。
この手続きを怠ると、後々大きなトラブルになりかねません。そこで何かを変更しようと考えたら、まず管轄の保健所に事前相談しましょう。
以下では、営業中に起こりうる主な変更を、それぞれのケースに分けて具体的に解説します。
スタッフの入退社や管理美容師の変更があった場合
美容室の運営において、最も頻繁に発生する変更手続きが、スタッフの入退社に伴うものです。
美容業界は、人の入れ替わりが少なくない業界です。ホットペッパービューティーアカデミーの調査によると、新しく入社した美容師の約4割が、3年未満で最初の職場を離れてしまうというデータもあります。
だからこそ、スタッフに変更があった際に、保健所へ「美容所(従業者)変更届」を速やかに提出する、というルールを徹底しておきましょう。
新規スタッフの雇用時に、主に必要となる書類は以下の通りです。
- 美容所(従業者)変更届
- 従業員名簿(更新したもの)
- 新規スタッフの美容師免許証(窓口で原本の提示が必要な場合がある)
- 医師の診断書(結核・伝染性皮膚疾患がないことの証明。3ヶ月以内のもの)
- 管理美容師講習修了証(管理美容師を追加・変更する場合に必要)
もちろん、手続きの知識も大切ですが、経営者としてより本質的に取り組みたいのは、スタッフの「早期離職」そのものを抑えることではないでしょうか?
スタッフの採用や早期離職に悩むご担当者様は、以下のリンクから、相性の良い人材を惹きつけ、定着させるための採用方法をまとめた資料をダウンロードできます。ぜひ参考にしてください。
椅子の増設や改装、店名変更など届出事項が変わった場合
お客様へのサービス向上のため、こだわりのドリンクや、お菓子を提供したい、と考えるオーナー様も少なくないのではないでしょうか?実際に、手作りのお菓子をお客様に販売し、好評を得ている美容室もあります。
ちなみに2020年以前にもカラーなどの待ち時間にサービス品として手作りお菓子をお出ししていて、とても好評でした。「販売してほしい」とよく言われていたので、サロン移転のタイミングでサロン内にクッキーを焼くスペースを作り、保健所の許可を取って販売に至りました。
引用:モアリジョブ| AR hair オーナースタイリスト 益岡純一さん
しかし、ここで非常に重要な注意点があります。
このように飲食物を調理・提供する場合は、美容師法とは別に「食品衛生法」に基づく営業許可が必要です。これは、美容所の「変更届」とは全く別の手続きとなるので注意しましょう。
では、美容所の「変更届」は、どのような場合に必要になるのでしょうか?一般的に、「美容所変更届」が必要になるのは、主に以下のようなケースです。
- 施術用の椅子やシャンプー台の増設・減設
- 間仕切りなど、レイアウトの大幅な変更
- 換気扇や給排水設備の変更 など
これらは、美容室の施設の構造や設備に関する変更ですが、以下のような情報に関する変更であっても変更届が必要になります。
- サロンの名称
- 開設者の氏名や住所
- 法人の名称、所在地、代表者の変更 など
変更を行う際の大原則は、「保健所の事前相談」です。
特に、椅子の増設や改装は、施設の基準に関わるため、工事を始める前に必ず図面を持参して相談しましょう。この一手間が、後からの手戻りやトラブルを防ぎます。
相続や事業譲渡でオーナーが変わった場合
近年、美容室業界でも後継者不足は深刻な課題です。
帝国データバンクの調査では、サービス業の「後継者不在率」が55.5%にのぼると報告されており、親子間の相続や、M&Aによる事業譲渡などで、美容室の開設者が変わるケースも珍しくありません。
ここでは、その際に必要な保健所への手続きを解説します。
開設者が変わる場合は、管轄の保健所に「承継届」を提出しなければいけません。承継の種類によって、求められる添付書類が大きく異なるため、注意しましょう。
主に、以下のようなケース別に書類を準備します。
- 相続の場合:承継届に加え、戸籍全部事項証明書や、相続人が複数いる場合は全員の同意書などが必要。
- 事業譲渡(M&Aなど)の場合:承継届に加え、営業の譲渡を証明する書類(譲渡契約書など)や、法人の場合は登記事項証明書などが必要。
- 法人の合併・分割の場合:承継届に加え、合併後・分割後の法人の登記事項証明書などが必要。
証明書類は、多くの場合「発行後6ヶ月以内」のものが求められるので、これに関しても注意してください。
また、オーナーの変更に伴い、サロンの名称や管理美容師なども同時に変更になるケースも少なくありません。その場合は、「承継届」とは別に「変更届」の提出も必要になります。
開設者の承継は、専門的な書類が多く、手続きが複雑になりがちです。どのような書類が必要になるか、必ず早い段階で管轄の保健所に「事前相談」を行い、スムーズな引き継ぎを目指しましょう。
店舗の閉店や移転する場合
美容業界は、新しい美容室が次々とオープンする一方で、競争の激化から閉店を余儀なくされるお店も少なくない、という2つの側面を持っています。
実際に、厚生労働省の衛生行政報告例を見ると、美容所の総数は年々増加傾向にあります。
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美容所施設数【施設】 |
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|---|---|
|
2016年度 |
243,360 |
|
2017年度 |
247,578 |
|
2018年度 |
251,140 |
|
2019年度 |
254,422 |
|
2020年度 |
257,890 |
その一方で、東京商工リサーチの調査によると、近年の倒産件数は過去最多ペースで推移していることも報告されています。
まさに、拡大と淘汰が同時に進んでいる状況です。以下では、こうした厳しい経営環境の中、お店の閉鎖や、より良い場所を求めて移転する際に必要な、保健所への手続きを解説します。
美容室を閉鎖・移転する際の保健所への手続きは、混同しやすいですが、ルールは明確です。ケース別に、やるべき内容を整理すれば心配いりません。
- お店を完全に閉店する場合:管轄の保健所に「廃止届」を提出する。その際、交付された「確認証」の返納などを求められる場合がある。
- お店を別の場所に移転する場合:単なる住所変更ではなく、「現施設の廃止届」と「移転先での新規開設手続き」の両方が必要。
- オーナーが変わる場合(事業承継以外):移転と同様に、「現施設の廃止」と「新しいオーナーによる新規開設」の手続きが必要。
閉店や移転の手続きは、経営者にとって大きな節目です。スムーズに進めるためにも、計画が固まった段階で、できるだけ早く管轄の保健所に相談し、必要な手続きと書類を正確に確認しましょう。
保健所への通報に備えるための対策
お客様との深い信頼関係の構築が、保健所への通報に対する最善策といえるでしょう。なぜなら、お客様からの「通報」は単なるクレームとは異なり、お店への信頼が完全に失われた最終段階のサインだからです。
以下では、まず通報に至るお客様の心理を理解した上で、それを未然に防ぐための「予防策」、そして万が一の際に信頼を回復するための「事後対応」について、順を追って解説します。
通報に至る心理的な引き金を理解する
お客様からの保健所への通報を、単なるクレームの延長線上にあるものだと考えてはいないでしょうか?
日経リサーチが行ったアンケート調査によると、不満を企業に申し出る人の割合は、日本では3割弱に留まっており、欧米などに比べて不満を感じてもそれを直接企業に申し出る割合が極端に低くなっています。
ほとんどの不満は、美容室側に伝えられることなく、お客様が黙って来なくなる「サイレント離脱」に繋がっているという意味にも捉えられます。
つまり、保健所への「通報」は、その水面下にある、声なき不満が限界点を超えた、氷山の一角です。
では、お客様をそこまで追い詰めてしまう「心理的な引き金」とは何なのでしょうか?主に、以下のような要因が考えられます。
- 衛生面や安全への深刻な不安:使用済みの器具が消毒されていない、薬剤で皮膚トラブルが起きた、など、自身の健康に直接関わる問題。
- 接客やクレーム対応への強い不満:技術的なミス以上に、その後の対応が不誠実で、無神経な言動があった場合。
- 度重なる不満の蓄積と、期待の裏切り:小さな不満が積み重なった結果、長年通っていたお店への信頼が失われ、最終的に裏切られたと感じた時。
これらの引き金から分かるように、保健所への通報は、単発のミスだけで起こるものではありません。多くの場合、小さな不満や不安が積み重なり、最終的にサロンへの信頼が失われた時に、最後の手段として選ばれます。
だからこそ以下でも解説する、こうした事態を未然に防ぐための予防策が、経営者にとって非常に重要です。
お客様の不満を店内で解決し、外部への通報を未然に防ぐ
お客様が不満を抱えた際に外部機関ではなく、まずお店に相談してくれるように、日頃からの信頼関係の構築こそが保健所への通報を防ぐ最善策です。
そして、その信頼関係は、クレームが起きてから作るのではなく、お客様が来店された最初のカウンセリングの段階から始まっています。だからこそ、新規顧客への接客は細心の注意を払いましょう。
以下では、お客様の言葉の裏にある本音を「感じ取ること」の重要性を語っています。
――ここからはテーマを変えて、接客で意識していることを教えてください。
常に「感じ取ること」を意識しています。ちょっと昔っぽい答えですけどね(笑)。たとえば、新規のお客さまのカウンセリングのときには「お任せでお願いします」と言われることがよくあります。しかし多くの場合、「本当になんでもよい」と思っているわけではありません。
おそらく、心のなかには「伝えることが大変」や「何てオーダーすればよいか分からない」という気持ちが湧いています。そこで、美容師はその言葉の背後をしっかり掴むことが大切です。
引用:モアリジョブ|AR hair オーナースタイリスト 益岡純一さん
この「言葉の背後を掴む」という姿勢こそが、お客様に「この人は私のことを分かってくれる」という深い安心感を与えます。
この安心感が土台にあれば、もし施術後に小さな不満が生まれても、お客様は外部に通報するのではなく、まずあなたに相談してくれるでしょう。
日々のカウンセリングこそが、お客様の心を掴む重要なポイントです。それが、巡り巡ってお店を不要なトラブルから守る、最も効果的なリスク管理となります。
保健所から連絡があった場合に、冷静かつ誠実に対応する
予防策を徹底していても、万が一、お客様からの通報が保健所に入ってしまう可能性はゼロではありません。
もし連絡が来てしまった場合、その後の対応こそが美容室の信頼を左右するため、慌てずに、冷静かつ誠実に対応しましょう。
具体的な対応としては、以下のようになります。
- 冷静に話を聴くことに徹する:感情的にならずに、指摘内容を正確に聞き取り、記録を残しておく。言い訳や反論はせず、真摯に受け止める姿勢が重要。
- 客観的な事実確認を迅速に行う:カルテやスタッフの記録などを照合し、サロン側で何が起こったのか、客観的な事実を迅速に確認する。
- 具体的な改善計画を作成し、報告する:具体的な改善策と再発防止策を計画書にまとめて期限内に提出する。誠実な姿勢が伝わるように書面での提出がおすすめ。
- 改善の進捗を、誠実に報告し続ける:計画を実行し、改善した箇所は写真に撮るなど、進捗を誠実に報告し続ける姿勢が信頼回復に繋がる。
- お客様への誠実な対応を検討する:保健所への対応と並行し、通報に至ったお客様へ、誠実な説明や謝罪、必要な補償を行うことも検討する。
通報は、お店にとって大きな危機ですが、同時に、自店の運営や衛生管理を見直すための貴重な機会でもあります。誠実な対応を徹底することが、失った信頼を取り戻すための唯一の道です。
まとめ
ここまで、美容室の開設と運営における、保健所との関わり方について、手続きの流れから万が一の対処法までを詳しく解説してきました。
一見、複雑で厳しいルールに思えるかもしれませんが、その一つひとつが、お客様とあなたのお店を守るための重要な意味を持っています。
最後に、保健所との手続きをスムーズに進め、信頼されるサロンを築くためのポイントをまとめます。
- 保健所の手続きは「義務」であると同時に、お客様の安全と信頼を守るための「土台作り」と心得る。
- 最も重要なのは「事前相談」。工事が始まる前に図面を持って相談することが、手戻りを防ぐ最大の秘訣。
- 検査当日は、設備や書類の準備に加え、経営者としての誠実な対応と説明力が問われる。
- 営業開始後も日々の衛生管理は不可欠。「通報」は、お客様との信頼関係が崩れたサインと捉える。
保健所は、決して「敵」ではありません。あなたのお店が、地域のお客様に長く愛される、安全で清潔な場所であることを証明するためのパートナーとして捉えておきましょう。
- 執筆者情報
- 関 慎一郎(Seki Shinichiro)