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美容師の退職金、会社の支払い義務や相場とは?法律知識や業界の状況を経営者向けにわかりやすく解説

多くの企業で導入されている退職金制度ですが、退職金制度がある美容室は多くありません。退職金制度は法的な義務があるわけではないことや、美容師業界自体に定年の考え方がないことがその理由です。

しかし、美容室に退職金制度を導入することにより、従業員にとって安心して長く働ける職場になります。

この記事では、退職金制度の概要や美容室における退職金制度の利用状況、退職金制度を設けることによるメリットとともに、導入時のポイントや退職金以外にお金の不安を払拭する方法について解説します。

退職金制度がある美容室は少ない

多くの企業では退職金制度があるものの、退職金制度がある美容室は多くありません。ただし、一部の美容室では退職金制度を導入しています。

ここでは、退職金制度の概要や退職金制度を導入している企業の割合とともに、導入している美容室が少ない理由や、美容室が退職金制度を導入することによるメリットについて解説します。

退職金制度とは?

退職金制度とは、従業員が退職する際に企業から従業員に一定の金額を支給する制度です。従業員の勤続意欲の向上効果があり、日本では 約80%の企業 が導入しています。

厚生労働省の調査 によると、勤続20年以上かつ45歳以上の人が、定年退職時に受け取る退職金の平均額は、以下のとおりでした。

大学・大学院卒(管理・事務・技術職):1983万円

高校卒(管理・事務・技術職):1618万円

高校卒(現業職):1159万円

退職金には、大きく分けると退職時に一時金で支払われるタイプと、一定期間または終身にわたり支給される年金型のタイプがあります。代表的な制度は以下の4つです。

制度名

概要

退職一時金

  • 退職時にまとまった金額を受け取れる
  • 自社でルールを設定できる
  • 積立金は内部留保で行うため課税対象

退職金共済

  • 共済制度を活用して支払われる
  • 中小企業向けの共済制度は国の助成を受けられる
  • 拠出金は非課税対象

確定給付企業年金

  • 外部機関に原資を拠出し資産運用する
  • 資産運用で赤字が出た場合は企業に補塡義務がある
  • 受取方法は会社の規約に応じて決定する
  • 勤続年数や給与額に応じて給付額が決まる
  • 拠出金は非課税対象

企業型確定拠出年金

(企業型DC)

  • 外部機関に退職金の原資を拠出し従業員が資産運用する
  • 受取方法は年金形式と一時金のどちらか選択できる
  • 原則として60歳まで支給されない
  • 拠出金は非課税対象
  • 従業員に一定の金融知識が必要

退職金制度を設けているのは全体のうち12.5%程度?

厚生労働省の調査 によると、美容師業界が含まれる「生活関連サービス業」は、約65%が退職金制度を導入しています。ただし、厚生労働省の調査対象は30人以上従業員がいる企業のため、小規模な企業ではさらに低いことが予想されます。

ハローワーク で調査をすると、退職金制度を設けている美容室はさらに少ないことがわかりました。2023年9月7日の時点では、美容師の求人件数に対し、退職金制度を設けている求人数は12.5%です。退職金制度以外にも、退職金共済・企業年金を設けている求人の割合は以下のとおりです。退職金共済・企業年金を設けている求人の割合

これにより、退職金制度を設けている美容室は、10%前後と予想されます。

美容室が退職金制度を設けない理由

多くの美容室が退職金制度を設けていない理由として、以下の2つが挙げられます。

  • 法的な義務がない
  • 美容師には定年の考え方がない

これまでは退職金を設ける必要性がなかったことが、美容室が退職金制度を設けていない理由といえるでしょう。

法的な義務がない

退職金制度は多くの企業で導入されているものの、法的に義務付けられたものではありません。 労働基準法89条1項3号の2 では、退職手当の定めをする場合は適用範囲や手当、計算や支払いの方法、支払い時期を就業規則に記載することが求められています。

これは、あくまでも退職金制度の内容を記載する義務です。退職金を支払うこと自体は、企業の判断に委ねられているため、必要性を感じなければ導入しなくてもよいのです。

美容師には定年の考え方がない

元々、退職金制度は定年退職時に支払うものでした。定年となる年齢は60歳以上です。しかし、60歳まで従業員として働く美容師は多くありません。

厚生労働省の調査 によると、従業者数5人未満の事業者は78.2%と、小規模の美容室の割合が多いことが明らかになりました。美容師を経営している年齢の内訳は、60歳から69歳の者の割合が32.4%、70歳以上の者の割合が19.0%でした。

美容室経営者の半数以上が、定年に該当する年齢であることがわかります。美容師の多くが定年前に独立しているため、定年を迎えて退職するという考え方自体が浸透していないのです。

美容室が退職金制度を設けるメリット

美容室が退職金制度を設けるメリットには、以下の2つが挙げられます。

  • 安心して働いてもらえる
  • 採用時に魅力づけになる

ここでは、それぞれのメリットについて解説します。

安心して働いてもらえる

美容室が退職金制度を設けるメリットとして、従業員に安心して働いてもらえることが挙げられます。中小企業庁が実施した、退職金制度を設けている 中小企業を対象としたアンケート では、退職金制度を設けている理由として「老後の生活保障」に次いで「安心して働いてもらう手段」という回答が多い結果となりました。

以下は、退職金制度を導入した美容室の事例です。

なぜ、企業型DCに加入するのか。その理由をオーナー様にお聞きしたところ、「美容師は退職金もないのが当たり前で、将来が保障されていない業界と思われている。そんなイメージを変えていきたい」との言葉が返ってきました。

引用: Beautopia /なかしま社労士事務所 社会保険労務士 中嶋有美氏

美容師業界では、長く働くための制度が整っている企業は多くありません。これは、長期間安心して働けるだけの材料がないためともいえます。退職金制度を設けることにより、収入面で従業員が安心して長期間働いてもらえる材料になるでしょう。

採用時に魅力づけになる

退職金制度を設けることは、採用時の魅力づけにもなります。前述したように、美容師業界で退職金制度を設けている企業は多くありません。そのため、退職金制度があるだけでも、ほかの企業との差別化につながります。

退職金制度を設けていることを知ってもらえれば、求職者から「安心して働ける企業」「従業員に還元する気がある企業」と認識してもらえる可能性が高まるでしょう。退職金制度は、求職者に対するアピールにもなるのです。

退職金を設ける場合の相場・ポイント

自社で退職金制度を導入しても、経営を圧迫してしまったり従業員に負担をかけてしまったりしては意味がありません。自社で無理なくできる範囲の制度にすることが大切です。ここでは、退職金を設ける場合の相場やポイントについて解説します。

美容師の退職金の相場

自社の退職金制度を設定する際に、相場よりも低すぎる金額を設定した場合、従業員や求職者から魅力的な制度と思われない可能性もあります。魅力的な制度にするためには、美容師の退職金の相場を把握しておくことが大切です。

東京都労働相談情報センターの調査 によると、美容師業界が含まれる生活関連サービス業の退職金相場は、以下のとおりでした。

学歴
勤続年数
退職金支給額
高卒
5年
29.2万円
10年
67.5万円
20年
182.7万円
30年
314.7万円
定年
716.9万円
高専・短大卒
5年
37.5万円
10年
86.1万円
20年
201.4万円
30年
361.3万円
定年
692.6万円
大卒
5年
39.2万円
10年
90.7万円
20年
249.1万円
30年
413.5万円
定年
846.9万円

※定年以外は自己都合退職時の金額

ただし、この調査は従業員数が10人以上の中小企業を対象にしています。従業員数が10人に満たない小規模サロンの場合、この金額よりも低いと捉えたほうがよいかもしれません。

学歴によっても相場は異なります。美容師になるには美容学校を卒業する必要があるため、従業員の多くは専門学校卒であると考えられます。従業員の学歴も踏まえて金額を設定しましょう。

自分の会社に合った退職金の積み立て方を検討する

退職金の積み立て方は、導入後に簡単に変更できるものではありません。そのため、積み立て方を選ぶ際は慎重に検討することが大切です。退職金の積み立て方には、以下のように自社内で積み立てる方法と外部で積み立てる方法があります。

制度名

積み立て方

運用責任

給付額の責任

退職一時金

自社

自社

自社

退職金共済

共催団体

共済団体

不足は自社

確定給付企業年金

社外運営管理機関

自社

自社

企業型確定拠出年金

(企業型DC)

社外運営管理機関

加入している従業員

(資産管理は資産管理機関)

拠出額は自社

給付額の約束はされていない

参考:あかつき社会保険労務士法人「 自社に合う退職金制度とは?

企業型DCは、加入者1名からでも加入できるだけではなく、個人事業であっても社会保険に加入していれば加入可能です。加入できる対象が広いため、 運営管理機関連絡協議会の調査によると 、加入事業所数は年々増加傾向にあります。以下のように、確定拠出年金アドバイザーの山中氏は美容業界でも企業型DCを勧めています。

イデコは個人向けですが、経営者が社員のために企業型確定拠出年金(法人のイデコ)で退職金として積み立ててあげることも可能です。“ひとつのサロンで長く勤め続ける魅力”を福利厚生でかえしてあげることで、すぐ辞めてしまう人も減っていくと思います。今では企業のほとんどがイデコを導入しているので、美容業界でも取り入れる価値は十分あるはずです。

引用: Moreリジョブ  /山中伸枝(ファイナンシャルプランナー(CFP)、確定拠出年金アドバイザー)

自社の状況を把握し、自社に適した積み立て方を選びましょう。

退職金だけじゃない!将来のお金の不安を払拭する対策

退職金制度がない美容室は多く存在しており、将来のお金に対する不安により離職する従業員は少なくありません。自社の従業員に長く働いてもらうためにも、会社として従業員の経済的課題に向き合うことが大切です。

退職金以外にお金に対する不安を払拭させる対策として、以下の2つが挙げられます。

  • 昇給制度・手当を充実させる
  • お金の知識を会社で提供する

ここでは、それぞれの対策について解説します。

昇給制度・手当を充実させる

従業員のお金の不安を払拭させるには、退職金にこだわる必要はありません。頑張りや成果に対して正しく評価し、報酬に還元できれば従業員のお金に対する不安を軽減できます。

そのためには、昇給制度や評価制度を整備することが大切です。ただし、評価基準が主観的になってしまった場合、従業員から評価に対する不満がでてくる可能性があります。客観的な評価になるよう、定量的な評価基準を設けましょう。

昇給制度とともに、ボーナスやインセンティブといった手当を充実させることも有効です。退職金にこだわらずに、従業員にお金を還元できる制度を検討しましょう。

お金の知識を会社で提供する

美容師業界は、将来への不安を感じやすい業界です。 厚生労働省の調査 によると、美容師を含む「生活関連サービス業・娯楽業」の離職率は22.3%でした。産業全体の離職率は11.1%であることから、美容師の離職率は一般的な業種よりも高いことがわかります。

離職理由のひとつと考えられる「お金に対する不安」を軽減できれば、自社で長く働いてもらえます。そのためには、資産運用やお金に対する知識を会社から提供し、自分で資産を運用できるような知識を身につけてもらうことも有効です。

日本証券業協会では無料で講師を派遣しており 、実際に従業員教育のひとつとして金融教育を実施する企業も増えています。お金を還元するだけでなく、知識の提供によりお金の不安を払拭することも考えましょう。

まとめ

退職金制度を設けている企業は80%を超えるものの、退職金制度を設けている美容室は多くありません。しかし、お金に対する不安から、安定性がある業界に転職してしまうケースも存在します。

退職金制度を設けることにより、以下のようなメリットがあります。

  • 安心して働いてもらえる
  • 採用時に魅力づけになる

ただし、退職金だけがお金の不安を払拭できる対策ではありません。昇給制度や評価制度を整備することが大切です。お金の知識を提供する機会を提供するのもよいでしょう。

経営者にとって従業員は資産です。従業員の将来を考え、報酬制度の整備やお金に関する知識を提供することは、資産に対する投資といえます。退職金に限らず従業員の将来を考えた制度を用意し、共につくっていく姿勢を見せることにより、従業員にとって魅力的な企業になるでしょう。

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Bizリジョブ編集部
Bizリジョブ編集部では、人材・採用、店舗運営、経営、美容・ヘルスケア業界などで経験があるメンバーで構成されています。 美容・ヘルスケア業界の経営者・オーナー様にとって、リジョブだからこそ集められる価値ある情報をわかりやすくお届けします。