独立を検討した際に、個人事業主と法人のどちらで事業を始めるべきか、悩んでいる方もいるのではないでしょうか。
個人事業主と法人では、手続きの流れや費用、課税される税金の種類などさまざまな点で違いがあります。独立後に後悔しない選択をするために、個人事業主と法人の違いを確認しておきましょう。
本記事では、個人事業主と法人の違いについて詳しく解説します。個人事業主と法人それぞれに向いているケースや各メリット・デメリットの比較まであわせて解説するので、ぜひ最後までご覧ください。
個人事業主と法人の違いとは
個人事業主と法人のどちらで独立すべきか悩んだ際には、それぞれの違いを理解しておくことが大切です。個人事業主と法人の違いは、下記のとおりです。
項目 |
個人事業主 |
法人 |
事業開始に必要な手続き |
税務署に開業届を提出 |
法務局に法人登記を申請 |
事業開始にかかる費用 |
0円 |
法定費用(22万円~)+資本金 |
課税される税金 |
・所得税 ・個人住民税 ・個人事業税 ・消費税 |
・法人税 ・法人住民税 ・法人事業税 ・消費税 |
社会保険の種類 |
・国民健康保険 ・国民年金など |
・健康保険 ・厚生年金保険など |
社会保険の負担 |
従業員5人未満の場合なし |
あり |
経費の範囲 |
事業にかかった費用 |
事業にかかった費用に加えて、下記のようなものも対象 ・社宅の家賃 ・法人契約の生命保険料 ・役員報酬 |
社会的信用 |
低い |
高い |
事業承継の手続き |
現経営者の廃業手続きと後継者の開業手続きが必要 |
株式譲渡や事業譲渡などの方法で経営権を承継 |
赤字の繰越 |
最長3年 |
10年 |
責任範囲 |
無限責任 |
有限責任 |
会計・経理 |
確定申告 |
決算書・申告 |
個人事業主と法人では、手続きの種類や課税される税金、社会保険の有無なども異なります。それぞれの違いを理解するために、個人事業主と法人の概要を詳しく確認しておきましょう。
個人事業主とは
個人事業主とは、法人化せずに税務署に開業届を提出し、個人として事業を営んでいる事業者です。
独立して事業を営んでいる方だけでなく、家族や従業員と複数人で事業を行っている方、会社員として働きながら副業で事業を行っている方も個人事業主に該当します。
国税庁の「事業者の定義」では、個人事業主を下記のように定義しています。
個人事業者の場合、例えば、小売業や卸売業をしている人をはじめ、賃貸業や取引の仲介、運送、請負、加工、修繕、清掃、クリーニング、理容や美容といった業を営んでいる人はすべて事業者になります。さらに、医師、弁護士、公認会計士、税理士などの業を営む人も事業者になります。
引用:国税庁|No.6109 事業者が事業として行うものとは|
なお、個人事業主とフリーランスは混合されやすいですが、厳密には定義が異なります。個人事業主は、税務署に開業届を提出して事業を営む方を指し、フリーランスは特定の組織に所属せずに、個人で仕事を請け負う働き方を指すのです。
そのため、法人経営者もフリーランスに該当するケースがあり、フリーランスが開業届を提出して個人で活動すれば、個人事業主として扱われます。
法人とは
法人とは、法務局に法人設立届出書を提出し、法人格を取得したうえで事業を営んでいる団体です。法人格は、国や地方自治体などの公的な機関である公法人と、個人や集団で設立された私法人の2種類があります。
個人が組織・団体を設立する際は私法人に該当するため、下記の目的に合った法人格を取得しましょう。
法人格の種類 |
主な種類 |
目的 |
営利法人 |
・株式会社 ・合同会社 ・合資会社 ・合名会社 |
利益を得る |
非営利法人 |
・一般社団法人 ・一般財団法人 ・特定非営利活動法人(NPO法人) |
社会的・公共的な目的を達成する |
なお、国税庁の「事業者の定義」では、法人を下記のように定義しています。
株式会社などの会社、国、都道府県や市町村、公共法人、宗教法人や医療法人などの公益法人など、法人はすべて事業者になります。なお、法人でない社団または財団で、代表者または管理人の定めがあるものは、法人とみなされることにより事業者となります。
引用:国税庁|No.6109 事業者が事業として行うものとは
法人は、個人事業主に比べて事業拡大のチャンスを広げられるメリットがあります。
個人事業主と法人の手続きの違い
個人事業主と法人では、独立する際の手続きに違いがあります。スムーズに事業を始めるために、個人事業主と法人における手続きの流れや発生する費用の違いを確認しておきましょう。
手続きの流れ
個人事業主が開業する際は、税務署に開業届を提出する必要があります。
- 開業届の提出
税務署へ「個人事業の開業・廃業等届出書」を提出する - 青色申告承認申請書の提出(任意)
節税のために青色申告を選ぶ場合は、事業開始から2カ月以内に提出する - その他(必要に応じて)
事業内容により、保健所や警察署などに届出・営業許可を取る
事業を開始してから1カ月以内に開業届を提出し、節税のために青色申告を申請したい場合は、開業届と一緒に青色申告承認申請書を提出しましょう。その他、事業内容に応じて必要な届出・営業許可を取得してください。
対して、法人として事業を始める際の流れは、下記のとおりです。
- 会社の基本事項を決定
商号、目的、所在地、資本金、役員などを決める - 定款の作成と公証人による認証
公証役場で定款を認証してもらう必要がある - 資本金の払込
発起人の口座に資本金を振り込む - 登記申請
法務局に会社設立登記を申請する - 各種届出
税務署、年金事務所、労働基準監督署などへ設立後の各種届出を行う
法人の場合は定款を認証してもらい、資本金を発起人名義の口座に振り込みます。その後、法務局に会社設立登記を申請し、各種届出を提出して事業開始の準備を進めましょう。
個人事業主に比べて法人化の場合は、手続きに必要な書類・手続きが複雑化するため、事前準備が必要不可欠です。
手続きにかかる費用
個人事業主と法人それぞれが開業する際には、各種手続きで下記の費用が発生します。
【個人事業主の開業手続きにかかる費用】
手続きの種類 |
費用目安 |
個人事業の開業・廃業等届出書 |
0円 |
青色申告承認申請書 |
0円 |
各事業に必要な届出・営業許可 |
1,000~数万円(業種による) |
【法人化手続きにかかる費用】
手続きの種類 |
費用目安 |
登録免許税 |
資本金額×0.7%または下記の金額いずれか高い方 ・株式会社の場合は15万円 ・合同会社の場合は6万円 |
定款認証手数料 |
資本金額によって変動する ・100万円未満:3万円 ・100万円以上300万円未満:4万円 ・300万円以上:5万円 |
定款の謄本手数料 |
約2,000円(250円/謄本1ページ) |
収入印紙代 |
4万円(電子定款の場合は不要) |
印鑑証明書取得費用 |
約300円 |
司法書士への依頼費用 |
5万円~15万円 |
資本金 |
1円~ |
法人化の手続きには、株式会社で約22万円、合同会社は約10万円の費用が必要です。司法書士に定款作成、認証、登記申請などを依頼した場合は、別途報酬を支払う必要があるため、手続きにかかる費用が増えます。
個人事業主と法人の税金の違い
個人事業主と法人では、課税される税金が異なります。それぞれの税率も違うので、下記のポイントを確認しておきましょう。
- 課税される税金の種類
- 所得税の税率
- 法人税の税率
- 社会保険負担の有無
課税される税金の種類
個人事業主と法人では、下記のように課税される税金が異なります。
税金の種類 |
個人事業主 |
法人 |
所得税 |
あり |
なし |
法人税 |
なし |
あり |
消費税 |
年間売上1,000万円超で課税対象 (免税期間あり) |
|
事業税 |
個人事業税が課税 |
法人事業税が課税 |
社会保険 |
任意加入(国民年金・国民健康保険など) |
強制加入(厚生年金・健康保険など) |
消費税は年間売上1,000万円を超えた場合に課税されます。年間売上1,000万円未満の場合は、納税義務を免除されるため、消費税は非課税です。
法人を設立して1期目および2期目は、消費税の基準期間がないため、納税義務が免除されます。そのため、法人の場合は3期目から消費税が課税されるケースが多いです。
また、年間売上1,000万円未満の免税事業者でも適格請求書発行事業者(インボイス登録)の場合は消費税の納税義務が生じます。
なお、消費税の課税対象は、下記の取引に限定されます。
- 国内において事業者が事業として対価を得て行う資産の譲渡等
- 特定仕入れ
- 保税地域から引き取られる外国貨物の引取り(輸入取引)
引用:国税庁|No.6105 課税の対象|
下記のように、消費税の課税判定は難しいため、課税有無を判断できない場合は、管轄の税務署に問い合わせましょう。
▼消費税課税取引の判定表
所得税の税率
所得税には累進課税が適用され、所得に応じて税率が変動します。1月1日~12月31日までに稼いだ売上から経費や控除を差し引いた所得額に応じて、所得税の納税額が計算される仕組みです。
所得税の速算表を活用すると、簡単に税額を計算できます。
課税される所得全額 |
税率 |
控除額 |
1,000円~1,949,000円 |
5% |
0円 |
1,950,000円~3,299,000円 |
10% |
97,500円 |
3,300,000円~6,949,000円 |
20% |
427,500円 |
6,950,000円~8,999,000円 |
23% |
636,000円 |
9,000,000円~17,999,000円 |
33% |
1,536,000円 |
18,000,000円~39,999,000円 |
40% |
2,796,000円 |
40,000,000円以上 |
45% |
4,796,000円 |
法人税の税率
法人税の税率は、事業を開始した年度と法人の種類によって変動します。2022年4月1日以降に事業を始めた場合の法人税率は、下記のとおりです。
法人の種類 |
所得 |
税率 |
|
普通法人 |
資本金1億円以下の法人 |
年800万円以下の部分 |
15% |
年800万円を超える部分 |
23.2% |
||
資本金1億円以上の法人 |
全額 |
23.2% |
|
一般社団法人等 |
年800万円以下の部分 |
15% |
|
年800万円を超える部分 |
23.2% |
||
公益法人等 |
年800万円以下の部分 |
15% |
|
年800万円を超える部分 |
19% |
||
協同組合等 |
年800万円以下の部分 |
15% |
|
年800万円を超える部分 |
19% |
法人税は比例課税方式を採用しており、所得による税率の変動が少なく、個人事業主の所得税より税負担が少ない傾向にあります。
そのため、高収入の法人でも法人税による税負担が少なく、所得を増やしやすい特性があります。
ただし、個人事業主の場合は赤字申告すれば所得税と住民税が免除されるケースもありますが、法人の場合は赤字でも法人税の納税義務が生じるので要注意です。
社会保険負担の有無
個人事業主は、従業員を5人以上雇用しない場合は、社会保険の加入義務が発生しません。法人は、一人社長であってもすべての法人事業所が厚生年金保険・健康保険に加入する義務があり、社会保険負担が発生します。
個人事業主の場合は、社会保険への加入は任意ですが、一般的に下記の保険に加入する事業者が多いです。
社会保険の種類 |
保険料目安 |
17,510円/月(令和7年度) |
|
国民健康保険 |
30,074円/月(年間所得300万円の場合) |
なお、国民年金・国民健康保険の負担額は、所得や世帯の被保険者によって変動します。
新宿区の「令和7年度の国民健康保険料概算早見表」によると、年間所得300万円の場合は月に30,074円の保険料が発生します。
▼令和7年度の国民健康保険料概算早見表
なお、法人の場合は従業員の社会保険を負担する必要があり、下記の割合で社会保険料を支払います。
社会保険の種類 |
企業の負担割合 |
従業員の負担割合 |
健康保険 |
50% |
50% |
厚生年金保険 |
50% |
50% |
介護保険 |
50% |
50% |
雇用保険 |
業種によって異なる |
|
労災保険 |
100% |
0% |
厚生労働省が公表した「令和7年度雇用保険料率のご案内」によると、雇用保険の負担率は下記のとおりです。
▼令和7年度の雇用保険料率
個人事業主と法人のその他の違い
個人事業主と法人では、開業にかかる手続きや税金だけでなく、下記のような違いがあります。
- 経費
- 社会的信用
- 責任
- 事業承継の手続き
- 赤字の繰越期間
それぞれの違いを確認したうえで、個人事業主と法人どちらで開業した方がお得かを検討しましょう。
経費の違い
収益を挙げるために支出した費用を「経費」として計上すれば、所得を減額し節税できます。所得税や法人税・住民税は、前年の所得に応じて課税されるため、必要経費を計上して節税しましょう。
国税庁によると「必要経費」に算入できる金額は、下記のとおりです。
- 総収入金額に対応する売上原価その他その総収入金額を得るために直接要した費用の額
- その年に生じた販売費、一般管理費その他業務上の費用の額
引用:国税庁|No.2210 必要経費の知識|
個人事業主は、仕事とプライベートの判別が法人より難しく、経費計上すべき支出か見極めることが大切です。
例えば、自宅で仕事をしている場合、家賃や光熱費の何割までを経費として計上すべきか見極めなければなりません。一般的に家賃や光熱費、通信費などは仕事で使う分を算出し、経費計上する必要があります。
法人の場合も仕事で支出した費用は経費として計上できますが、個人事業主との大きな違いは役員報酬まで経費扱いできることです。
経営者が自分へ支払う給与は、役員報酬として扱われ、給与所得として経費に計上できます。他にも、賞与や退職金も給与所得として経費計上できるため、個人事業主より大きな節税効果が期待できます。
社会的信用の違い
個人事業主は法人と比べて、社会的信用が低い傾向にあります。個人事業主は、開業届を提出すれば誰でも名乗れますが、実績や売上などを可視化しにくいため、社会的信用が低いです。
対して、法人は資本金や住所などを法務局に提出して登記しており、有価証券報告書などの企業情報開示資料があれば、実績や売上を示しやすいです。
そのため、金融機関や取引先などは社会的信用が高い法人企業を選ぶ傾向にあり、ローンや契約を結びやすいメリットがあります。
個人事業主でも、ローンや契約を結べますが、一定の実績を示す必要があったり条件が法人より厳しくなったりする可能性があるので要注意です。
また、企業によっては個人事業主の取引は避け、BtoBの取引のみにしているケースもあるので、法人より新規取引の難易度が高まります。
さらに、労働者は社会保険の有無や福利厚生の充実度などで働く企業を選別するため、個人事業主より法人の方が従業員の応募率が高いです。資金調達の面だけでなく、人材や新規取引を獲得する難易度でも、個人事業主より法人の方が有利です。
責任の違い
万が一、倒産した際に負う責任の範囲は、法人より個人事業主の方が大きいです。個人事業主は、事業で失敗して生じた借金をすべて返済しなければなりません。これを「無限責任」と呼び、借金を完済できない場合は、個人の財産を使ってでも返済する義務が生じます。
対して、法人の場合は「有限責任」であり、経営者個人が出資した金額のみを返済すれば、責任を果たせます。事業の失敗で出資額以上の借金が生じた場合でも、責任の範囲以上に借金を返済する必要はありません。有限責任の場合は、事業で失敗しても個人の財産を失うリスクが少ないため、安心して事業を運営できます。
事業承継の手続きの違い
個人事業主が事業承継する際には、事務所で下記の手続きを行いましょう。
手続きの流れ |
事業を承継する前任者 |
事業を承継される後任者 |
① |
税務署で廃業届出書や事業廃止届出書を提出する |
税務署で開業届出書や青色申告承認申請書を提出する |
② |
事業用資産を承継する |
事業用資産を承継される |
個人事業主は、個人が事業を行っているため、事業承継の際は前任者から後任者へ贈与や相続の手続きが必要です。
対して、法人は組織単位で事業を行っているため、個人での手続きではなく経営者を承継する手続きを行います。法人が事業承継する際の方法は、主に下記のとおりです。
- 株式譲渡
- 事業譲渡
- M&A
- 合併
- 会社分割
法人での事業承継では、株式譲渡承認請求書や株式譲渡契約書、株式名義書換請求書などの書類が必要になるため、司法書士と相談しながら手続きを進めましょう。
赤字の繰越期間の違い
青色申告をしている場合、個人事業主と法人のどちらも赤字を繰り越せます。ただし、赤字の繰越期間には下記のように定められており、個人事業主より法人の方が長いです。
区分 |
赤字の繰越期間 |
個人事業主 |
最長3年 |
法人 |
10年 |
赤字を繰り越せば、個人事業主であれば所得税、法人であれば法人税の節税につながります。ただし、個人事業主の場合、2023年4月1日以降に特定非常災害で生じた純損失のうち、条件を満たす損失額は繰越期間が3年から5年へと延長されます。
国税庁が定める純損失の繰越し条件によると、赤字の繰越期間が5年に延長されるパターンは、下記のとおりです。
- 特定非常災害に指定された災害により生じた損失の割合が、事業用資産の10%以上である場合、その年に発生した純損失のすべてが繰越控除期間の対象
- 特定非常災害に指定された災害により生じた損失の割合が、事業用資産の10%未満の場合は、特定非常災害によって損失した金額のみが繰越控除期間の対象
個人事業主が法人化すべきケース
個人事業主として事業を始めた場合でも、下記の状態に陥ったタイミングで法人化を検討しましょう。
- 売上が1,000万円を超える
- 所得が800万円を超える
- BtoBビジネスを始める
- 多額の資金を調達したい
- 従業員の採用を加速させたい
上記のケースに当てはまる場合は、個人事業主として事業を続けるより、法人化した方がメリットが大きい傾向にあります。
売上が1,000万円を超える
個人事業主は、売上が1,000万円を超えると課税事業者となり、消費税の納税義務が発生します。しかし、実際に納税義務が生じるのは、売上が1,000万円を超えた2年後からなので、その前に法人化すれば消費税を節税できます。
法人化して2年間は、個人事業主と設立1期目および2期目は基準期間がないため、消費税が免除されるのです。売上が1,000万円を超えたタイミングで法人化すれば、消費税を節税できるため、個人事業主から法人へ切り替えるケースが多いです。
所得が800万円を超える
所得が800万円を超える際は、法人化することで節税効果が期待できます。年収800万円の場合の所得税・法人税の税率は、それぞれ下記のとおりです。
税金の種類 |
税率 |
所得税 |
23% |
法人税 |
15% |
所得800万円の場合は、所得税で184万円、法人税の場合は120万円になるため、法人化することで64万円も節税できます。
さらに所得が上がれば、累進課税で税率は上がっていき、所得が900万円を超えた場合は33%まで上がります。
所得800万円を超えた場合は、個人事業主より法人で活動した方が実質の手取り額を増やせるため、法人化を検討しましょう。
BtoBビジネスを始める
取引先が法人や企業になるBtoBビジネスでは、「法人であること」が取引の前提条件です。
法人でないと契約を締結できなかったり、信用面で不利になったりするため、BtoBビジネスを本格化する際は法人化しておきましょう。個人事業主から法人化することで、下記のような効果が期待できます。
- 契約の獲得率アップ
- 銀行口座や与信枠の拡大
- 取引先の信用向上
個人事業主より法人の方が社会的信用が高いため、金融機関や取引先との関係性構築をスムーズに進められます。
多額の資金を調達したい
個人事業主では、資金調達の方法が限られ、融資の審査も厳しい傾向にあります。金融機関や投資家は、法人を前提に審査しているため、個人事業主では多額の資金を調達しにくいです。
法人化すれば、以下のような資金調達手段が広がります。
- 銀行からの事業融資(信用保証付き含む)
- ベンチャーキャピタルなどからの出資
- 補助金・助成金の申請(法人限定の制度もあり)
将来的に設備投資や新規事業など、大きな資金が必要になる見込みがあるなら、法人化を早めに検討しましょう。
従業員の採用を加速させたい
個人事業主でも従業員を雇用できますが、法人化した方が社会的信用が高く、応募率を上げられます。労働者からすると、社会的信用が高い法人で働く方がメリットが多く、個人事業主のもとで働くより安心感を得られます。
個人事業主は、どうしても不安定なイメージが強く、安定を求める労働者からすると不安材料が多いです。
法人化すれば、社会的信用を高めて採用を加速できるため、組織力の強化につなげられます。
法人化せず個人事業主で事業を行うべきケース
法人は社会的信用が高く、資金調達や人材獲得をしやすいメリットがありますが、すべての事業において法人化が最適とは限りません。状況によっては、個人事業主のまま事業を行った方が、コストや手間の面で有利な可能性があります。
以下のようなケースでは、法人化せずに個人事業主として事業を継続する選択が合理的です。
- BtoCビジネスで事業拡大を狙っていない
- 所得が800万円以下
- 従業員を雇わず一人で事業を行っている
それぞれのケースを確認して、法人化せずに個人事業主で事業を続ける選択を検討しましょう。
BtoCビジネスで事業拡大を狙っていない
BtoCビジネスを行っていて、今後も小規模でマイペースに運営していく場合は、法人化による恩恵を得られません。小規模なBtoCビジネスでは、社会的信用よりコストやサービス、対応力などが求められ、個人事業主としても十分に活躍できます。
法人化せず個人事業主で事業を行っても問題がない職種例は、下記のとおりです。
- 美容師
- ネイルサロン
- ハンドメイド販売
- パーソナルトレーナー
- WEBライター
- イラストレーター
- WEBデザイナー
上記のようなビジネスでは、個人事業主の対応力や技術力、人柄を求めて顧客が集まるため、無理に法人化する必要はありません。
所得が800万円以下
所得税の仕組み上、課税所得が800万円以下の場合、法人より個人事業主の方が税負担が軽いです。
所得が800万円以下の場合は、所得税率が最大でも23%以下であるのに対して、法人化すると法人税率が一律15%課税されます。
所得が695万未満の場合は所得税率が20%、330万未満の場合は10%、195万未満の場合は5%になるので、所得が少ないほど個人事業主で活動するメリットが大きいです。
法人化するには、手続きや費用がかかり、赤字になっても法人税の支払い義務が発生します。場合によっては、会計処理や税務申告の手間・外注費も考慮する必要があるため、税務処理の手間が増えてしまいます。
利益が安定していても大きく増える予定がない場合は、法人化せず税務処理を簡略化して、時間とコストを削減しましょう。
従業員を雇わず一人で事業を行っている
一人で完結する事業では、法人にするメリットが限定的なので、個人事業主として活動する方が多いです。一人で事業を行っている場合は、個人事業主ならではの下記のメリットを得られます。
- 社会保険への強制加入が不要
- 雇用契約や労務管理が不要
- オフィスや設備投資が少なく、スリムな運営が可能
一人で事業を行っていても法人化した場合、社会保険への加入義務が生じます。美容師やWEBライターなど、知識・スキルを売りにするビジネスでは、事務的な手間を抑えて、柔軟に動ける個人事業主が適しているケースも多いです。
独立するなら個人事業主と法人どちらにすべき?
総務省統計局が実施した「令和3年経済センサス活動調査」によると、個人事業主と法人それぞれの割合は、下記のとおりです。
経営組織 |
企業数 |
割合 |
合計 |
3,684,049 |
100% |
法人合計 |
2,065,484 |
56.1% |
法人(会社企業) |
1,781,323 |
48.4% |
法人(会社以外) |
284,161 |
7.7% |
個人事業主 |
1,618,565 |
43.9% |
法人として事業を営んでいる割合が56.1%、個人事業主は43.9%と、法人の割合が過半数を占めています。
独立する際に個人事業主と法人どちらにすべきか悩んでいる方は、それぞれのメリット・デメリットを比較しておきましょう。
美容業における法人の割合
個人事業主と法人どちらが適しているかは、業種や職種によっても大きく変わります。例えば、総務省統計局の「令和3年経済センサス活動調査」によると、美容業・理容業における法人の割合は下記のとおりでした。
経営組織 |
企業数 |
割合 |
美容業合計 |
149,460 |
100% |
美容業の法人 |
13,304 |
8.9% |
美容業の個人事業主 |
136,156 |
91.1% |
理容業合計 |
83,306 |
100% |
理容業の法人 |
2,683 |
3.2% |
理容業の個人事業主 |
80,623 |
96.7% |
美容業や理容業は、技術や対応力などサービスの質を売りにする事業なので、法人より個人事業主として活動する方が全体の9割を占めています。
ただし、場合によっては美容業でも法人化すべきなので、自分に適した事業形態で経営を続けることが大切です。ネイルサロン「Lovl」を開業した中村キャベツさんは、原宿の空き店舗を押さえる際に、個人事業主では審査が通らなかったため、法人化を決意しました。
今サロンがある原宿のビルは、独立当初から入りたい物件だったんです。でもずっと空きが出なくて。やっと空いたタイミングで申し込んだんですが、個人事業主だったのが理由で最終審査で落ちてしまったんですね。それがきっかけで法人化することに決めました。
引用:モアリジョブ|ネイルサロン「Lovl」代表ネイリスト 中村キャベツ
社会的信用を高める目的や事業拡大、資金集めなど、法人化するメリットが大きい場合は、個人事業主ではなく法人としての経営を検討しましょう。
個人事業主と法人のメリットを比較
個人事業主と法人のメリットは、それぞれ下記のとおりです。
【個人事業主のメリット】
- 開業届1枚で即日事業を始められる
- 設立費用がほとんどかからない
- 会計や確定申告が比較的シンプル
- 事業の方向性を自由に変更しやすい
- 所得が低い場合の税率が低い
- 従業員が5人未満なら社会保険の加入は任意
【法人のメリット】
- 社会的信用が高い
- 役員報酬・退職金などを経費計上できる
- 所得に関係なく税率が一定
- 厚生年金・健康保険で保障が手厚い
- 人材採用・事業拡大がしやすい
個人事業主のメリットは、開業にかかる手続きや費用を抑えられ、自分一人で経営しやすい自由度の高さにあります。対して、法人は社会的信用の高さや税制面や社会保険による保証の安定性が主なメリットです。
実際にサロン経営とアイリスト養成インストラクターの事業を営む中野沙耶香さんは、自分一人では手が回らなくなったタイミングで法人化しています。
講習を続けるうちに、受講希望者が増えて1人では手が回らなくなってきたので、アカデミーとして法人化しました。
引用:モアリジョブ|アイラッシュサロン「Gilfy」代表 中野沙耶香さん
個人事業主と法人のデメリットを比較
個人事業主と法人のデメリットは、それぞれ下記のとおりです。
【個人事業主のデメリット】
- 社会的信用が低い
- 所得が増えた場合の税率が高い
- 社会保険に加入する際は全額自己負担で割高
- 法人に比べて節税の選択肢が少ない
- 事業を拡大しにくい
【法人のデメリット】
- 設立に費用・手続きがかかる
- 赤字でも一定の税負担が発生する
- 税務・会計処理が複雑
- 社会保険は強制加入
- 決算書の公開義務や会計の透明性が求められる
個人事業主の場合は、社会的信用の低さと所得が増えた際の税負担が主なデメリットです。対して、法人の場合は設立や運営に一定の手間とコストがかかり、社会的信用を得るために決算書の公開義務や会計の透明性が求められます。
まとめ
個人事業主と法人の違いにおけるポイントは、下記のとおりです。
- 個人事業主はすぐに開業できるが社会的信用が低い
- 法人は社会的信用が高い反面、財務・会計上の手続きが複雑
- 売上1,000万円、もしくは所得800万円以上の場合は法人化がおすすめ
- BtoBビジネスでの事業拡大や従業員の採用を加速したい場合は法人化がおすすめ
- 従業員を雇わず所得800万円以下の規模でBtoCビジネスを行うなら個人事業主がおすすめ
本記事で紹介した双方の違いとメリット・デメリットを比較して、自分に合った方法で独立しましょう。

- 執筆者情報
- 山藤 寛司(Santo Hiroshi)